« 2016年7月 | トップページ

2016年12月

2016年12月11日 (日)

ヴィトンと日本

こんにちは、ふなママです。

(=゚ω゚)ノ

お久しぶりの方も、初めての方も、ご訪問ありがとうございます。

...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。...。oо○**○оo。

さて、本日はフランスのブランド・メーカー「ルイ=ヴィトン」と日本の歴史の関係について語りたいと思います。

(*^ー゚)b

さてさて、おフランスからやってきた、日本では大人気の「ヴィトン」。

知らない人は、ほぼいないかと。

茶色の皮生地に、金の箔印のような模様が(モノグラムというそうです)ほどこされているコレです。

Image_3

実は、このヴィトンのデザインは、昔日本で使われていた、あるモノを参照に作られたのだそうです。

そのあるモノは、今ではほとんど使われていないので、私も調べてみるまで、存在すら知らなかったのですが、先日ある場所でエピソードを聞く機会がありましたので

それを、ちょっと綴ってみようと思います。



<備前おさふねの里>

岡山県に「備前おさふね刀剣の里」という刀の博物館があります。

我が家は兵庫県の端っこのほうなので、ここ、備前の里へは、家から気軽にドライブがてら行ける距離です。

最近、じつは私某刀剣ゲームにドはまりしており

自分の中で日本刀への興味が沸点突破中。

いざ、ホンモノの刀を一目見ようと、夏の終わりに、おとーさんと二人して、見学に行ってまいりました。

Image

ちょうどこの日は、幕末の特別企画が開催中で。偶然にも(ホンマはめっちゃ調べして来たんやけどね(笑)

土方歳三や沖田総司など、新撰組の刀が、全国各地から取り寄せられて、展示してありました。

これは…うむ。刀剣◯舞や薄○鬼に出てくる刀剣達がズラっと並んでるのよね?鼻血とヨダレが同時に噴出しそう れれれ歴史の勉強になるかもなあと。

ということで私は、下心ありありで、好奇心のおもむくまま、館内を見て回ることにしました。

さてここで、刀の話は、少し置いといて…

(文末に書かせていただきます)

この博物館には、刀のほかに、甲冑や、戦に使われた銃なんかも置いてあります。 刀目当てに来た私は、「へえ」「ほう」「ふーん」とチラ見程度に流していた(あくまでとうらぶの刀が本命やけんね)のですが…

ひとつだけ「面白そうなモノ」が目にとまりました。

これ、なんだろう?

Image

<似てませんか?>

先に画像をのっけちゃったので、もうタネ明かしも同然なんですけど、

なんとなく…似てない!?

皮に、金色の家紋。しかもポーチ型。

紋の数が少ないのを除いては。

<どうらん>

これは、「胴乱(どうらん)」というものだそうです。

戦に火縄銃が使われはじめるようになった頃、そのための弾や火薬を入れるために使われていたのが、この胴乱。

見た目のごとく、ポーチとして腰に下げられて使われたんですって。

Image_2

ちょっと、ここで注目。

開閉部のパーツを見ていただきたい。

ボタンが使われています。

<日本のボタン>

なんか意外。

火縄銃が使われていたのって、かなり昔でしょ? (ざっくりすぎる時代説明ですいません…)

その頃から、日本にボタンがあったんですか。

(一気に私の中で、胴乱のシャレオツ度が高まる…)

(ウチ、おじいちゃんが洋風の仕立て屋をしていたので、変なトコに喰い付いてしまいます。つまらない話だなと思ったら、読み飛ばしてください)

ボタンなんてものは、は日本が鎖国する前に、オランダやらポルトガルやらから、来たんじゃないの? (ざっくりすぎる説明ですいません…)。

その実確かに、ボタン(釦←漢字で書くとこうなんだね)の名前は、ポルトガル語のブタンがなまってそう呼ばれており、西洋から入ってきたもののようです。

しかし、それはシャツやコートなどに使われている、いわゆる「普通のボタン」。

この胴乱に使われているボタンは、輪っかを通す式ボタンです。

「ダッフルコート」のやつと同じ。

あのヒモの輪をひっかけるタイプのボタンは、日本では、だーいぶ昔から(ざっくり歴史実況)メジャーに使われていたとの事。

ここの刀剣の里の、元館長さんが

「この甲冑なんかもそうですよ」

さきほどまで、チラ見どころか、完全にスルーしていた甲冑を指して、詳しく説明して下さりました。

ほんとだ。胴体と胴体を接続する部分に、フック式のボタンが使われているのが見えました。

元館長さんの話によると

普通のお洋服のボタンは西洋から日本へやってきて、

逆に、ひっかける式のボタンは日本で使われていたのが…「これはオシャレだ!」と西洋の人の目に映り、向こうでも広まっていったそうなのです。

(ただし、家でネットで調べてみたところ、そういう文献は見当たらなかったので、元館長さんの話が、どこまで事実なのかどうかは、???ですが)

この日本式のボタンは、今もかばんに使われていることが多いですよね。 皮のような厚い生地に、お洋服と同じような穴あけボタンを使うのは「硬ってえ…閉じにくい、無理。」なので、使い勝手の良さも兼ねて、広まっていったのでしょうか。

<パリ万国博覧会>

さて、ヴィトンと胴乱の話に戻ります。

上に書いたとおり、ヴィトンのオリジナルタイプの鞄のデザインは、日本の胴乱から着想を得たものなのですが、日本からフランスに渡ったのは、いつ頃、どういう経緯なのか。

それは、1878年にパリで行われた、万国博覧会。

日本の出し物の中に、どうも胴乱が含まれていたそうなのです。

当時、フランスをはじめ、ヨーロッパ各国は、ジャポニズム大流行の時代でした。

(有名なのは、ゴッホが浮世絵をまねて描いた絵とか)

日本の出品したものは、ヨーロッパの人達の胸をキュンキュンときめかせたようで「心がぴょんぴょんするんじゃぁ~♪」と大人気。

その万博の見に来た人の中に、ヴィトンさんがおられたようです。

「コレ!すごい!」(と言ったかどうかはわからない)

と胴乱のデザインに感銘を受けたんだそうです。

皮の上に、金色の家紋。よし!うちの商品に取り入れようじゃないか!

元々、ヴィトンは性能の良い鞄を作るメーカーだったのですが、それ故に、バッタもんが多く出回っていたそうです。

そこで、パクられやすい地味なデザインをやめて、複製の難しい、この少し奇抜なデザインを、自社の作るカバンに取り入れることにしました。

(それでも今はバッタもんだらけだけど…(悲))

<耐水性>

ヴィトンのバッグと、日本の胴乱には、もうひとつ共通点があります。

耐水性が高いこと。

特に、ヴィトンのほうはすごい。

豪華客船タイタニックが沈没し、そこから何十年とかけて引き上げ作業をして出てきたヴィトンのスーツケースには、水が一切入っていなかったという、逸話が残っているそうです。

また、日本の胴乱は、兵が進軍する際に土砂降りの日もある訳で、普通、皮は水に弱いものですが(私も雨の日にブーツで出かけて何度後悔したことか…)、なんと皮の上に漆を塗るという防水対策をしていたようです。

ヴィトンのバッグに、どういう防水加工をしているのか、知りませんが(油?)、日本もフランスも、各々工夫を凝らして、いいモノを造っていったんだな、という軌跡を感じました。

<キュートな戦国スタイル>

ついでに、もうひとつ。

今どきは、たすき掛けの「ポシェット」ってよく見かけますよね。

私のようなオバチャンが持っていると、イタイだけですけども、若い子が持ってるのを見ると、可愛いな。いつも思います。

胴乱は、主に腰につけて使うのがメジャーだったようですが、ときに、肩からたすき掛けで持ち歩くという例もあったみたいで…

今のポシェットと全く同じ。

昔の戦国兵は、キュートなスタイルも先取りしていたんですね(笑)

<日本での流行>

さてさて、オシャレなアイテムとして、日本でも人気の絶えないヴィトン。

その歴史をこのように見てみると、日本のデザインを逆輸入したようなものですが、

残念ながら、日本人の女性が革製のバッグを持ち歩く文化が、なかなか芽生えなかったんですね。

戦国時代が終わり、出番の少なくなった胴乱は…調べてみると、電車の車掌さんが持っているのが有名らしい(やだ恰好いい…)のですが、全体的な生産量はかなり少なくなったのではないかと思われます。

そこから、時代は移り変わり、日本のファッションもナウなヤングになりまして…

やっと!日本にヴィトンのバッグが輸入されるようになりましたヽ(´▽`)/

1978年に…

遅っ。

ついこないだやんけ、ワイ余裕で生まれとったがな

ヴィトンさんが万博で胴乱に出会ってから、100年後ですよ。

日本へ上陸したのは、意外にも最近(でもないか…)だったんだなと驚きます。

<ヴィトンと父>

ところで、うちの両親は昔、骨董屋をしておりまして、それも結構規模の大きい…輸入業と言いかえたほうが早いような商売をしていました。

いちおう自宅兼、店舗みたいなのが大阪にあったんですが、多くの人が買いに来れるようにと、おもに「高島屋」のアンティーク市(当時はアンティークブームでした)に、せっせと蓄音機やキャビネットを運び込み、そこで商品を売りさばいていました。

そんなある日…

その大阪の高島屋に…

ヴィトンのブティックがオープンした訳です。

商売はヘタだが、目利きの腕だけはある(なんでも鑑○団で鑑定士をしてたことがあります)父は、一目で

「これは、めちゃ売れる」

早速おフランス(もしかしたらロンドンの競りかも…忘れた)へ買付けに行きました。

しかし、ブランドもんは…税金がお高い。

商売自体は赤字で、軍資金の少なかったウチは、果たしてヴィトンを買えるのか。

飛行機代のほうが高くつくんちゃうやろか…

そもそも、高島屋のヴィトンの店自体も、オープンしたての頃は、あんまりお客が入ってなかった模様で。

しかし当時、関西唯一の国際空港として使われていた、伊丹空港(関空はまだ無かったんやで~)に、父を出迎えに行った、従業員の阿部さんが見たものは…

カートからはみ出るほどのヴィトンの数々。

「まじか…」(と阿部さんが言ったかどうかは、わからない)

こりゃ税関通らんやろ…

ところが、当時日本ほとんどの人がヴィトンを知らず(ニュースにはなっていた)、特にファッションとは縁のない税関のおにいちゃんは、知る筈もなく。

ただ、同じような模様のバッグを大量に持っていたということで

「なんですか?これ?」

少々怪しまれたらしいのですが、父は涼しい顔で

「ビニール製、ビニール製、やっすいもんですわ」

そのまま通り抜けたとの事。

(※脱税は重罪です)

(ていうか、ヴィトンの許可なしに、勝手に売って良かったんやろか…)

<創始者さんへ>

それにしても、嬉しいですね。

日本国内では、活躍の場が少なくなった胴乱から得られたデザインが、海外、しかもファッション地、フランスで愛好されて、沢山作られていたことが。

しかし、最初に胴乱を発明したのは、誰なんだろう…?

とっくに、天国暮らしを満喫されていると思いますが…

あなた様の造った小道具入れは、海外を旅して、すっごくオシャレに変身させてもらって、今の日本でも愛されているよ!

と、伝えてあげたいです。

○o。+..:*○o。+..:*○o。+..:*

<刀です>

で、話を刀剣に戻します。

この日、見た刀です。沢山あったけど、この二振だけ紹介。

Image_5

こちらは「加州清光(かしゅうきよみつ)」さん。

沖田総司の愛刀。

「扱いにくいけど、性能はいいつもり!」

そんなゲーム内のセリフがぴったりの、一振りです。

Image_6

そして、この美麗な刀は

「和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)」さん。

土方歳三が帯刀してたそうです。

「カッコよくて、つよぉ~い」波動を感じました。

(※写メOKでした。ほかに長曾根虎徹さんとかもありましたが、こっちは撮影NGでした)

(※ちなみに、これらの刀はゲームとのコラボの為にお取り寄せされたものなので、現在この博物館には置いていません)

この日の夜は、月がとてもきれいに見えました。

ああ、日本は美しき国だなあ…

 

 

|

« 2016年7月 | トップページ